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7 文化人類学キムチ味

 唐突ですが、スピノザは文化人類学という学問が好きです。その関係の本を良く読みます。
 アフリカのドゴン族の神話、大草原のモンゴル族の生き様、カナダエスキモーの生態、チベットの仏教の在り方、タイで実際にテーラワーダ(上座部)仏教の修行を行った学者の体験談。メキシコの、ヤキ・インディアンの呪術。
 それらを書いた本は、スピノザを興奮させ、異文化、という夢の世界へ誘ってくれました。
 ですから、スピノザは異文化≠ノ対する理解、は人一倍持っていると思っています。
 実際、スピノザは学生時代にはヨーロッパに、新婚旅行ではバリ島に行きましたが、地元の人との交流は結構うまくいったと思っています。特に、ヒンドゥー教に興味を持っていましたので、バリ島ではいろんな人と仲良くなれました。
 もっとも、ドイツで、にこやかな好々爺に、
「前の大戦の時は先に降伏して申し訳なかった。今度はイタリア抜きでまたやろう」
 と言われたときには、かなりビビリましたが。定番のドイツジョークなことは、後で知りました。
 こんな次第ですから、スピノザは、文字で読む′タりではたいていの異文化を受け入れられると思っています。正確に言えば、思っていました。たとえ、それが人食い族の習俗であってもです。
 しかし、ハングル板や、コリア関係の本を読んで立ち上がってきたのは、スピノザには到底理解しがたい、異様な民族像でした。
 儒教による、上下関係の異常な厳しさ。当たり前のように横行する賄賂、買収。やはり儒教による、やはり異常なまでの学歴崇拝。そこからくる、カンニングをしてでもいい点数をとりたいという執念。等々。
 こうして、ちょっと文字に書いてみただけだと、なんだ、そんなこと、日本でも普通にあることじゃないか、と言われそうです。でも、そんなものではない。本当に、日本人の常識では考えられないものがあるのです。
 日本人と韓国人の文化の違い、というと真っ先に思い浮かぶのは食事のマナーでしょう。テーブルにお茶碗を置いたままで口から食べ物を迎えに行くのは、犬食いといって日本では不作法とされます。ところが、これが韓国では正式な食事のマナーなのです。
 逆に、日本風に、お茶碗を持ってものを食べるのは、韓国では深刻なマナー違反です。また、ご飯を箸で食べるのも、韓国ではタブーだそうです。ご飯は、匙で食べるものなのだそうです。
 この程度なら、「現代社会」の教科書にも書いてあるような典型的な異文化の世界、そのものです。
 食べ物をビビンバみたいにグチャグチャにかき混ぜて食べるのも……、まあ良しとしましょう。美観としては、どうかと思いますが、この程度で驚いていたら異文化なんて語れません。インドなんか、カレーを素手で食べるのが正式な作法ですし。
 そんなことではない、ある種の気持ち悪さ、受け入れられない異様な面が、韓国文化にはあるのです。
 特にスピノザが気持ちが悪いと思ったのは、ウリとナム、という人間関係でした。
 え、なんだそれ? そんなもの、聞いたことがないぞ、とたいていの人は思われるでしょう。
 それもそのはず。これこそが朝鮮民族を朝鮮民族たらしめている、朝鮮民族固有の人間関係なのです。


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