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1 いつも発狂・朝日新聞

 1992年1月11日の朝、眠い目をこすりながら起き出して、朝日新聞の一面を見たスピノザは仰天しました。
「慰安所 軍関与示す資料」
「防衛庁図書館に旧日本軍の通達・日誌」
「〈民間任せ〉政府見解揺らぐ」
「〈謝罪を〉〈補償を〉の声さらに」
 などという、なにやらおどろおどろしい見出しが全面に躍っていたからです。
 この時の朝日新聞は、社会面も使って、確か四ページにわたる大特集を行っていたと思います。
 その〈資料〉なるものを防衛庁の図書館から〈発見〉した吉見義明中央大学教授のコラムも入っているという念の入れようでした。

 しかし、その特集を読んでも、スピノザには、何のことだか全く合点がいきませんでした。

 どうやら、朝日新聞は、旧日本軍が慰安所を設置していたことを問題にしているようです。慰安所の慰安婦というのは要するに売春婦のことのようです。
 スピノザは、首を捻りました。
 だって、古今東西、軍隊に売春婦がつきまとうのは当たり前のことではありませんか。
 現にドイツ国防軍なども、慰安所を設置していますし。
(「慰安婦と戦場の性」秦郁彦著p150など)。
 それどころか、朝鮮戦争の時の韓国軍も慰安婦を持っていました。

――「韓国戦争中にも軍慰安婦存在」韓国教授が主張。
2002年2月24日[中央日報/中央日報日本語版]
 日本軍の慰安婦制度を真似た慰安婦制度が、韓国戦争(スピノザ注・朝鮮戦争)当時、韓国軍にもあったという主張が提起されたと朝日新聞が24日報道した。
韓国の慶南(キョンナム)大学の客員教授の金貴玉(キム・キオック、40)氏は、23日京都の立命館大学で開かれた国際シンポジウムでこのように発表したと同新聞は伝えた。(後略)。
――

 こんなことは、別に古今東西の歴史を紐解くまでもなく、ちょっとした歴史小説でも読んでいればすぐに分かることです。
 まして、管理売春が法で禁じられている現在とは違い、当時は売春は合法≠ナした。
 赤線が廃止されたのは、戦後もしばらく経ってから、昭和33年(1958年)3月31日のことです。多分、スピノザが6歳の時でしょうか。(算数が出来ない。汗)だからこそ、落語などでも郭話が愛され続けてきたわけです。
 ですから、一体、朝日新聞は何を発狂しそうになるほど興奮しているのか? とんと見当もつきませんでした。なんの問題があるのでしょう?
 スピノザは、妻に聞きました。「なあ、軍隊付きの売春婦なんて、昔は当たり前だよなあ」と。
 妻は、洗い物をしながら、「そうだよね」と答えました。
 戦場で戦うのは、主に男です。現在のイスラエルのように、女性まで兵役に服するような例は、例外中の例外でしょう。
 戦えば、人は死にます。隣の戦友が被弾して死亡し、自分は間一髪で死をまぬがれた、なんてことが日常な訳です。
 死の一歩手前までいって、かろうじて生還した男は、まさに、何に〈慰安〉を求めるでしょうか?
 女性の柔肌に決まっています。
 女性の柔らかい肌に触れながら、兵士は何とか生のリアリティを取り戻しただろうと思います。
 ああ、今日も、一日生き延びられたなあ、と。
 性欲とか、獸欲とか、そういう下世話な話ではないと思います。まさに、生きているということの実感を、女性に求めるのは、世の男にとって当然すぎるほど当然のことです。
 それを、朝日は、何を狂ったように叩いているのでしょうか?
 スピノザの頭は、疑問符だらけになりました。


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