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5 悪くないことは隠さない!

 唐突ですが、いきなり十字軍の話をします。しばしお時間を。
 十字軍というのは、一般的なイメージとは異なり、野蛮人の集まりでした。
 それに対して、当時のムスリム(イスラム教徒)諸国は、世界で最も文化・文明の進んだ国々でした。
 イギリスのスコットという小説家に「アイヴァンホー」という小説があります。この中で、ロビン・フッドの仲間が、確かランプだったと思いますけど、小物を手にして「これはサラセン(イスラム教国)下りだぜ」と自慢する場面があるほどです。昔の日本で「この茶器は京下りだ」と自慢するようなものです。
 ですから、モンゴル族が中国に侵攻し、元を建てたときも、それ以前の遊牧民族、契丹族の遼や女真族の金とは違い、漢民族に同化されませんでした。
 中国文明よりも進んだ文明を持つイスラム諸国をも支配していたので、中国文明以外の高度な文明を知っていたからです。
 で、第一回十字軍は、襲われることなど全く考えていなかったアナトリア(現代のトルコ)のムスリムたちに、奇襲をしかけます。そして、アンティオキアの城を包囲します。
 この際、十字軍は、ムスリム兵の切り落とした頭を、城に向かって、攻城用の投石機で投擲します。さらに、ムスリムの死体を丸焼きにして、食べるところを見せびらかしたりもします。
(「アラブから見た十字軍」アミン・マアルーフ著・リブロポートp48、p52)
 文明的なムスリム軍にしてみれば、そのような野蛮行為は考えられません。それで、自分たちはけだものを相手にしているのか、と恐れ戦きます。(同書p67)
 で、当時の十字軍には、そういう野蛮行為に対する罪悪感が、これっぽっちもない≠フですね。そのため、そういう野蛮行為を平気な顔をして年代記作者に書かせています。(同書p66、68etc)
 こんなことは、野蛮だから恥ずかしい、なんて意識は当時のキリスト教徒にはなかったんですね。
 むしろ、自分たちの武勇の証しなわけです。
 だから、書く。
 堂々と書く。
 平気で書く。
 今でも、こういう年代記などが立派に残っています。
 ことほどさように、人間というものは、自分に罪悪感がない行為を隠そうなどとは思わないものなのです。
 合法的に慰安婦を募集していた日本軍が、その書類を焼くことなど、考えつくはずがありません。
 罪悪感なんて言うのは、赤線が廃止され、何となく売春が恥ずかしいことだ、という認識が広まった後の話です。
 閑話休題(あだしごとはさておきつ)。


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