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1 悲劇の民族

 ペンデレツキ、というポーランド人の現代作曲家がいます。「広島の犠牲者に捧げる哀歌」という曲を初期の代表作に持つ人です。
 この「広島の犠牲者に捧げる哀歌」は、ものすごい不協和音の塊で大変印象的な曲です。
 そのペンデレツキに「ポーランド・レクイエム(鎮魂曲)」という作品があります。
 ご存知のように、ポーランドは、周囲を大国に包囲され、18世紀には3度にわたって国土が分割され、ついには国が消滅してしまう、という亡国の歴史を持っています。
 もっとも、14世紀から17世紀にかけては、むしろ隣国を圧迫するほどの大国だったそうですが。
 さて、その祖国消滅後、なんとか一九一八年に独立を果たします。しかし、それもつかの間。第二次大戦時には、またもやソ連とドイツに分割占領されてしまうのです。
 ようやく1952年に再度独立を果たしますが、ソ連の圧迫下で苦しみ、1989年に、やっと民主化して共和国となります。まさに悲劇の歴史を歩んできたわけです。
 そうした悲痛な歴史の中で、生み出されたのが、この「ポーランド・レクイエム」です。
 正直、不協和音だらけで、緊張感に満ちたこの曲は、綺麗なメローディーとハーモニーのクラシックを聞き慣れた人にはもちろんのこと、普段ロックしか聴かないような人を始めとする、クラシック以外の音楽ファンの人にも、すぐに受け入れてもらえるような作品ではありません。
 ちょっと、聴くのには気力と体力がいると思います。
 でも、この2時間近い大作を聴いていると、本当に歴史に翻弄された人々が、その歴史に堂々と向き合ったときに生み出す、深々とした哀切な感情に胸を打たれます。悲惨な歴史に真っ向から対峙し、毅然として立ち向かう勇気のようなものを、スピノザは感じます。
 それは、ポーランド人だけの鎮魂の歌ではありません。全人類の、不幸な人々、(それは、ほとんど全人間と同義です。なにがしかの不幸を体験しない人間など、ほぼ存在しないのですから)すべてに向かっての鎮魂の歌です。


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